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東京地方裁判所八王子支部 昭和57年(ヨ)33号 判決 1987年12月18日

債権者

栗田晋一

右訴訟代理人弁護士

平野隆

丸島俊介

川口厳

田口哲朗

山田裕明

前田留里

債務者

春日電機株式会社

右代表者代表取締役

春日一雄

右訴訟代理人弁護士

大下慶郎

納谷広美

清水謙

鈴木銀治郎

主文

一  債権者の申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が、債務者に対し、期間の定めのない雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、金九二七万七七九二円及び昭和五九年一一月一日以降本案判決言渡に至るまで毎月二七日限り一箇月当り金二一万五三四九円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

(被保全権利)

1(一) 債権者は、聴覚に障害を持つ昭和二〇年五月一一日生まれの男子であり、身体障害者福祉法四条に定める「身体障害者」であって、同法施行規則に定める二級の認定を受けている。

(二) 債務者会社は、電気機械器具、通信機械器具及び電子応用機械器具等の製造及び販売を目的とする会社であり、資本金六億円の東京証券取引所第二部上場会社である。

2 債権者は、債務者会社との間において、昭和四九年一月八日、使用者を債務者会社とし、被用者を債権者とする期間の定めのない雇傭契約(以下「正社員契約」という。)を締結し、試用期間を経て同年五月二〇日に本採用された。

これにより、債権者は、債務者会社の期間の定めのない被用者(以下「正社員」という。)の地位を取得した。

3 右が認められないとしても、債権者は、債務者会社との間において、昭和四九年一月八日、使用者を債務者会社とし、被用者を債権者とする期間一年の定めのある雇傭契約(以下「臨時員契約」という。)を締結した。これにより、債権者は、債務者会社の期間一年の定めのある被用者(以下「臨時員」という。)の地位を取得した。

4(一) 債務者会社は、昭和四八年一二月二五日頃、全国金属労働組合春日電機支部(以下「労組支部」という。)との間において、双方の代表者の署名・押印のある「覚書」と題する書面により、次のとおり合意した。

(1) 債務者会社は、定時準社員(臨時員)のうち満四〇歳未満かつ勤続年数満二年以上の者を正社員に登用する。

(2) この覚書は、昭和四九年一月一日から発効する。

(二) 右覚書は臨時員から正社員への登用に関する合意であり、労働法上労働協約に該当し、かつ規範的効力を有することが明らかである。

(三)(1) 債権者は、債務者会社に臨時員として雇傭されてからちょうど二年経過した昭和五一年一月八日には、満三〇歳であった。

(2) 債権者はその当時債務者会社の本社工場で電気機器製造に従事していたが、当時同工場に勤務する労働者全体のうち労組支部の組合員である者の人数は、全体の人数の四分の三を越えていた。

(四) よって、債権者は同日正社員に登用され、債権者と債務者会社間の労働契約は期間の定めのないものとなった。

5 仮にそうでないとしても、債務者会社が昭和五四年一月一日から施行した嘱託等就業規則(以下「嘱託等就業規則」という。)は、二四条において「臨時員が満二年以上実質的に継続して勤務した場合、満年令四〇歳未満であるときは正社員に登用する。」と定めているところ、債権者は、債務者会社に臨時員として雇傭されてから二年以上経過した昭和五四年一月一日には、満三三歳であったから、右要件に該当し、よって、債権者は正社員に登用され、債権者と債務者会社間の労働契約は期間の定めのないものとなった。

6 右4、5が認められないとしても、臨時員契約は、前記のとおり昭和四九年一月八日に締結されたが、その期間が満了する一年後の時点において明示の更新がなされていないところ、債権者は期間満了後も従前どおり労務に服し、債務者会社もこれを知りつつ異議を述べなかったのであるから、民法六二九条一項及び六二七条一項により、臨時員契約は黙示的に更新され、かつ期間の定めのないものとなった。そして債務者会社において、社員とは期間の定めのない雇傭契約関係にある従業員をいうのであるから、債権者は右の時点で正社員の地位を取得した。

7(一) そうでないとしても、本件臨時員契約において債権者の職務内容や労働条件は正社員のそれとほとんど同等であり、かつ同契約は昭和四九年一月八日に締結されてから昭和五七年一月七日まで八年間反復継続されたものであるから、右事実により臨時員契約は遅くとも昭和五四年には期間の定めのない契約に転化したと見るべきであり、右の時点で債権者は正社員たる地位を取得した。

(二) 右のような場合、正当な解雇事由がない限り、債務者会社からの雇止めの意思表示は無効であるところ、債務者会社は、昭和五七年一月八日以降、正当な事由なく債権者の就労の提供を拒絶し、雇止めの意思表示をした。右意思表示は、正当事由を欠き、権利の濫用として無効である。

8 しかるに債務者会社は、債権者の正社員たる地位を否認し、債権者との間の臨時員契約が昭和五七年一月七日期間満了により終了したとして、以後債権者の労務提供を拒否している。

(未払賃金)

9(一) 債権者は、債務者会社から、昭和五六年一二月末日まで、毎月二七日、次のとおり一箇月当り一八万一八四〇円の賃金の支払を受けていた。

基本給 一五万二二五〇円

精皆勤手当 六〇九〇円

家族手当 一万三五〇〇円

住宅手当 一万〇〇〇〇円

合計 一八万一八四〇円

(二) 債務者会社が債権者に支給すべき賃金は、昭和五七年四月一日、次のとおり一箇月当り一九万四七六八円に改定された。

基本給 一六万五一七八円

精皆勤手当 六〇九〇円

家族手当 一万三五〇〇円

住宅手当 一万〇〇〇〇円

合計 一九万四七六八円

(三) 右賃金は、昭和五八年四月一日、次のとおり一箇月当り二〇万四四二七円に改定された。

基本給 一七万四八三七円

精皆勤手当 六〇九〇円

家族手当 一万三五〇〇円

住宅手当 一万〇〇〇〇円

合計 二〇万四四二七円

(四) 右賃金は、昭和五九年四月一日、次のとおり一箇月当り二一万五三四九円に改定された。

基本給 一八万四七五九円

精皆勤手当 六〇九〇円

家族手当 一万四五〇〇円

住宅手当 一万〇〇〇〇円

合計 二一万五三四九円

(五) この間債権者が支給を得べき賞与は次のとおりである。

(1) 昭和五七年夏季 四三万六六七七円

(2) 昭和五七年冬季 五〇万八三一二円

(3) 昭和五八年夏季 四六万三六六七円

(4) 昭和五八年冬季 五三万四五八〇円

(5) 昭和五九年夏季 四九万一三二五円

(保全の必要性)

10(一) 債権者は、幼時、言語を習得する前の段階で聴力を完全に喪失したため、現在も言語能力については通常人にくらべて遜色があり、そのため身体障害者福祉法の二級にあたる身体障害者となっている。

(二) 債権者は、右のような障害を有するうえ、債務者会社からの賃金以外収入の途がなく、本案訴訟の判決を待っていては著しい損害を被ることが明らかである。

11 よって、債権者は、債務者会社に対し、期間の定めのない雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めること並びに昭和五七年一月一日から昭和五九年一〇月末日までの賃金及び賞与の合計金九二七万七七九二円及び昭和五九年一一月一日から本案判決言渡まで、毎月二七日限り、一箇月当り金二一万五三四九円の割合による賃金を仮に支払うことを求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1(当事者)の事実はいずれも認める。

2  同2(正社員契約)の事実は否認する。債務者会社は、債権者との間において、昭和四九年一月八日、臨時員契約は締結したが、正社員契約を締結したことはない。

3  同3(臨時員契約)の事実は認める。

4  同4(労働協約による正社員の地位取得)の事実について

(一) (一)及び(二)(労働協約)の事実のうち、債権者主張の項、同主張の当事者間において、同主張内容の合意があったことは認めるが、その余の点は否認する。右合意は口頭でなされたにすぎず、双方の代表者の署名・押印のある書面は作成されなかった。従って、右合意は労働協約としての効力を持たない。

(二) (三)(1)(債権者の年令)の事実は認め、同(2)(労働協約適用の要件)の事実は否認する。

(三) (四)(正社員登用)の主張は争う。

5  同5(就業規則による正社員の地位取得)の事実のうち、昭和五四年当時債権者主張の内容の就業規則が存在し施行されていたこと、当時、債権者が臨時員として債務者会社に二年以上勤務しており満三三歳であったことは認めるが、債権者が正社員になった旨の主張は争う。

6  同6(黙示の更新)及び同7(更新の反復、雇止め)の主張は、いずれも争う。但し、同7(一)の主張のうち、昭和四九年一月八日から八年間に亘って、臨時員契約が反復継続されたことは認める。

7  同8の事実は認める。

8  同9(未払賃金)について

(一) (一)(臨時員契約期間終了時における債権者の賃金額)の事実は認める。

(二) (二)(昭和五七年度賃金改定)ないし(四)(昭和五九年度賃金改定)の事実のうち、住宅手当が各年度において一万円であることは認めるが、その余は否認する。

(三) (五)(夏・冬季賞与)の事実は否認する。

9  同10(保全の必要性)の事実のうち、債権者が二級の身体障害者であることは認め、その余は争う。

三  抗弁

1  仮に昭和四九年一月八日締結された労働契約が期間の定めのないものであり、もしくは後に債権者が期間の定めのない被用者たる地位を取得したとしても、債権者と債務者会社は、新たに昭和五四年二月八日、期間を同年一月八日ないし昭和五五年一月七日とする臨時員契約を書面をもって締結し、更に同五五年一月八日、同五六年一月八日、それぞれ期間を当年一月八日から翌年一月七日の一年とする右臨時員契約の更新契約をした。

2  右が認められないとしても、債権者と債務者会社は、昭和五六年五月二三日、債権者の入社時以後の身分が臨時員であったことを確認する旨の和解契約をした。

3  申請の理由4の覚書中の正社員登用条項には、債務者会社による「資格審査に合格した場合に限り」という停止条件が付いていた。

4  申請の理由5の就業規則中の正社員登用条項も、資格審査を条件としており、また「臨時員として二年間以上勤務しかつ満四〇歳未満の者であっても、勤務成績が良好でない者は正社員に登用しない。」旨の例外の定めがあるところ、債権者の勤務成績は良好ではなかった。

四  抗弁事実に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。但し、債権者が確認書なる書面に押印したことは認める。

債権者は、確認書の意味内容につき、正確な理解ができず、債権者の身分が正社員になることを確認する書面と考えて押印したものであるが、債務者会社は文面どおり臨時員であることを確認するつもりで押印しており、ここに意思表示の内容に不一致があることになるから、確認書の文面の内容の合意は不成立というべきである。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、債権者の勤務成績が良好でなかったとの点を争い、その余は認める。

五  再抗弁

1(一)  昭和五四年二月八日付の臨時員契約は、通常の労働者よりさらに弱い立場にある全く耳の聞こえない債権者に対し、同契約に応じなければ解雇するとの脅しによって、すでに得た正社員の地位を放棄させるものであるから、公序良俗に反し無効である。

(二)  そうでないとしても、右は債権者の真意にあらざる意思表示であり、かつ債務者会社は、債権者の真意は臨時員になる気がなかったことを知り、又は知りえたものであるから、心裡留保により無効である。

(三)  右が認められないとしても、債務者会社は、債権者が臨時員契約に応じなければ、もはや就労させない旨脅して、同契約に応じさせたものであるから、強迫により取り消す。

2(一)  右1のとおり昭和五四年二月八日付の臨時員契約が無効または取り消された以上、それを基礎とする昭和五五年一月八日付及び同五六年一月八日付の各臨時員契約も無効である。

(二)  そうでないとしても、昭和五五年一月八日付及び同五六年一月八日付の各臨時員契約は、右1(二)と同様の事由に基づき、心裡留保により無効である。

(三)  右が認められないとしても、昭和五五年一月八日付及び同五六年一月八日付の各臨時員契約は、昭和五四年二月八日付の臨時員契約締結の際強迫された、その状態が持続され、自由な意思決定ができない状況下で締結されたものである。よって債権者は強迫を理由としてこれを取り消す。

3(一)  昭和五六年五月二二日付の和解契約が成立したとしても、債権者は、同和解契約の内容を、債権者が従前の身分を臨時員であったと認めるかわり、債務者会社は次年度(昭和五七年一月八日)以後債権者を正社員とすることを約するものであると誤信していた。この錯誤は、要素の錯誤にあたるから、右和解契約は無効である。

(二)  そうでないとしても、右和解契約は、2(三)と同様の状況下で締結されたものであるから、強迫により取り消す。

4  債務者会社は、債権者の勤務成績が不良であったから、資格審査で正社員に登用されなかったと主張するが、その実は債権者が障害者なるが故の不当な差別であり、憲法一四条、労働基準法三条、民法九〇条に違反するものであって、資格審査に合格しないとの主張はなしえないものである。

六  再抗弁事実に対する認否

再抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠(略)

理由

一  申請の理由1の事実及び債権者、債務者会社間で、昭和四九年一月八日、雇傭契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず債権者、債務者会社間で締結された右雇傭契約が正社員契約であったか否かの点につき検討する。

1  (証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  債務者会社における従業員の種類別名称は、時期により相違があるが、常に、期間の定めのない従業員と期間の定めのある従業員とに大別されており、昭和四八年から同五一年三月頃までは、雇傭期間の定めのない従業員は「社員」、雇傭期間の定めのある従業員は一括して「準社員」と呼ばれ、右準社員は、雇傭期間一年のフルタイマー(従前、臨時員と呼ばれていた。)、嘱託、雇傭期間六箇月のパートタイマーに別れていた。なお、昭和五一年三月頃以降は、再度の名称変更により雇傭期間の定めのない従業員は「社員」、期間の定めのある従業員はその種類によって「臨時員」、「嘱託」、「パートタイマー」と呼ばれるようになった。

(二)  債権者は、山形県立山形聾学校高等部理容科で理容師の免許を取り、昭和四八年頃は東京駅近くにある理容店に勤めていたが、賃金が安かったこと等から、転職を考え、同学校の先輩鈴木剛の妻である鈴木須美子の紹介で、債務者会社の中途採用従業員採用試験を受けることになった。この試験は面接試験のみであって、債権者は、昭和四八年暮頃、債務者会社の従業員採用担当者である総務部人事課長の小原英二(以下「小原」という。)による面接試験を受けた。その際、債権者はあらかじめ記入した履歴書を持参し、債務者会社に到着してから渡された選考調書に必要事項を記入した。小原と債権者の応答は全部筆談で行われ、小原は、まずその選考調書の項目に沿って質問をし、債権者の家族関係、趣味・嗜好、関係団体、病気、希望職種、賃金、知人等について尋ね、更に、選考調書の項目にはない債権者の従前の勤務先の所在地、そこでの債権者の職種、賃金額、更に債権者夫婦が知り合ったいきさつ等を聞いた。その後、小原は債権者に対し、債務者会社の概要及び仕事の内容について説明し、更に債権者に対する待遇を説明した。即ち、小原は、債権者の身分は雇傭期間を一年とする準社員のフルタイマーであること、賃金につき、基本給が五万五〇〇〇円で、物価給その他の諸手当が付くこと、休日休暇につき、休日は日曜日、祭日、第一、第三土曜日で、休暇は試用期間が終り本採用になったら五日間取れること、さらに、準社員のフルタイマーには定年がないので退職金もないこと、同フルタイマーには労働組合への加入資格がないことを紙に書いて債権者に説明したところ、債権者はいずれの事項についても首を縦に振りうなずいて、了解した旨を示した。

(三)  右面接の翌日、従業員採用の決裁権者である専務から、準社員のフルタイマーとして採用する旨の決裁が下り、これは前記鈴木須美子を通じて債権者に伝えられ、債権者は小原の指示どおり昭和四九年一月八日に初出勤した。債権者は、その後、製造部第一製造課に配属され、試用期間を経て、昭和四九年五月二〇日に債務者会社から本採用通知書の交付を受けた。

2  もっとも、(証拠略)中には、前記認定に反し、右採用面接の際、鈴木剛もその場に立合っており、その席で小原から期間を一年とする準社員として採用するとの話は出ていなかった旨をいう部分が存し、また、(証拠略)によれば、昭和四九年当時、債務者会社では、臨時員として採用された者について、本採用通知書を発行することは稀であり、かつ債務者会社において、社員バッジは原則として正社員のみに交付されるものであるのに、債権者は昭和四九年五月二八日債務者会社より社員バッジの交付を受けていること、昭和五四年一月一日施行の債務者会社の嘱託等就業規則において、臨時員の給与(基本給)は原則として日給月給乙種により計算する旨定められているが、債権者は当時日給月給甲種により計算された給与を受けていたこと、更に、昭和四九年一月入社後昭和五四年二月までの間、債権者、債務者会社間において、明示的に臨時員契約の更新がなされていなかったこと(証人多田裕行の証言中右認定に反する部分は採用できない。)、以上の事実を認めることができ、これらの事実は、前記鈴木剛の証言及び債権者本人尋問の結果を裏付けるが如くである。

3  しかしながら、(証拠略)によれば、債務者会社において、臨時員に本採用通知書を発行し、また社員バッジを交付した例は債権者以外にもないわけではなく、特に債権者については、発奮を促すという会社側の配慮によりこれが交付されたこと、債務者会社における臨時員の給与体系は、前記嘱託等就業規則が実施されるまでは、日給月給制の範囲内で正社員に準ずるものとされ、そのため債権者も入社後三年を経た昭和五二年一月分より日給月給乙種より同甲種への給与区分の変更がなされたが、前記嘱託等就業規則の制定に伴い、臨時員はすべて日給月給乙種に区分変更されるに至ったため、これが実際に実施された昭和五五年四月以降債権者の給与区分も再び日給月給乙種に戻されていること、債務者会社においては、昭和五三年半ば頃までは、臨時員についての契約に関する方式、書類等の整備が充分なされておらず、契約の締結においても、単に口頭による契約にすぎないもの、書面で契約したもの等取扱いが一貫せず、更新についてもルーズにされていたこと、以上の事実がそれぞれ認められるのであり、従って前記2に認定の事実をもって、債権者が正社員として採用された根拠になるとは必ずしも解しがたいのみならず、かえって、(証拠略)によれば、債務者会社においては、従前より労組支部との労働協約に基づきユニオンショップ制度を採用し、一部の例外を除き正社員で、かつ非組合員という者は存在しえない態勢になっているところ、債権者は入社以来組合員となったことは一度もなく、また右例外の場合に認定されたこともないうえ(<人証略>中、右認定に反する部分は、<証拠略>に対比して採用できない。)、債務者会社における債権者の位置付けは実際の職務の上でも各種社内文書(製造部第一製造課人員配置及び職務分担表、人員一覧表、賞与支給計算の基礎となる名簿等)の上でも、一貫して「準社員」として取扱われていたことが明らかであり、これらの事情を総合勘案すれば、前記鈴木剛及び債権者本人の供述部分は採用できないものというべく、債権者の採用面接におけるいきさつは1に認定したとおりであったと認めざるをえない。

なお、(証拠略)によれば、債務者会社においては、正社員にのみ退職金を支給する制度をとっており、右支給に備えて三菱信託銀行株式会社に積立を行っているが、その資格者名簿、加入者台帳等に当初債権者の名が登載され、そのため同銀行備付の加入者明細表にもいったんは債権者がリストアップされたことが認められるが、(証拠略)によると、右は債務者会社内部での単なる手続ミスにすぎず、右名簿等は昭和五〇年六月頃までにはすべて訂正の措置がとられ、以後債権者がその資格者として取扱われたことがないことが明らかであるから、これをもって債権者主張の事実を裏付ける証左ともなしえない。

4  以上に検討したところによれば、債権者、債務者会社間の昭和四九年一月一日付雇傭契約は、正社員契約ではなく、期間を一年とする臨時員契約であったと認めるのが相当である。

従って、債権者が当初の雇傭契約により正社員の地位を取得したとの主張は理由がない。

三  そこで、次に債権者が債務者会社に臨時員として入社後、正社員たる地位を取得したかにつき検討する。

1  労組支部、債務者会社間において、昭和四八年一二月二五日頃、申請の理由4(一)記載の内容の合意をしたことは当事者間に争いがない。

2  しかし、これが右当事者間において、労働協約として書面で正式に締結されたことを認めるに足りる疎明はないから、右が労働協約であることを前提とする債権者の申請の理由4の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

四1  債務者会社において、昭和五四年一月一日施行された嘱託等就業規則が、二四条で「臨時員が満二年以上実質的に継続して勤務した場合、満年令四〇歳未満であるときは正社員に登用する。」と規定していること、債権者は当時臨時員として債務者会社に二年以上勤務しており、年令が満三三歳であったことは当事者間に争いがない。

2  しかしながら、同条項が、資格審査を条件とし、かつ勤務成績が良好でない者は正社員に登用しない旨の例外規定を設けていることも当事者間に争いがない。

3  そして、(証拠略)によれば、債権者は、昭和五四年以降毎年右資格審査の対象者とされたものの、勤務成績が良好と判定されず、資格審査に合格しなかったことが認められる。従って右就業規則に基づく正社員登用の主張も理由がない。

4  なお、債権者は、債務者会社が資格審査不合格を理由として債権者を正社員に登用しないのは債権者が障害者なるが故の不当な差別であると主張するけれども、右事実を認めるに足りる的確な疎明はない。

五1  民法六二七条、六二九条によると、期間を定めた雇傭契約において、期間満了後になお労働者が労務に服している場合、使用者がこれに異議を述べないときは黙示の更新があったものと推定され、以後、期間の定めのない雇傭契約として存続すると解されているところ、本件において、債権者、債務者会社間で、一年の雇傭契約期間満了時に明示的な契約更新がなされなかったことは前認定のとおりである。

2  しかしながら、債務者会社において、債権者が右期間満了後も一貫して臨時員としての処遇を受けていたことは前認定のとおりであり、また(証拠略)によれば、債務者会社における臨時員の契約期間は一年と定められており、就業規則上「期間の定めのない臨時員」たる地位を保有する従業員の存在は予定されていないことが認められ、そうである以上、債権者と債務者会社間の臨時員契約は、期間(一年)の点をも含めて黙示的に更新されたものと認めるのが相当である。

3  なお、仮に債権者主張の如く、右黙示の更新に期間の点が含まれず、従って債権者が一度は期間の定めのない従業員たる地位を取得したと解する余地があるとしても、債権者、債務者会社間で、新たに昭和五四年二月八日、期間を同年一月八日ないし昭和五五年一月七日とする臨時員契約を書面をもって締結し、更に同五五年一月八日、同五六年一月八日に、それぞれ期間を当年一月八日から翌年一月七日の一年とする臨時員契約の更新契約を締結したことは当事者間に争いがないのであるから、債権者は、右臨時員契約の締結、更新により再び雇傭期間を一年とする臨時員たる地位に戻ったものといわざるをえない。

4  もっとも、債権者は、右各契約は公序良俗に反し、あるいは心裡留保により無効であり、もしくは強迫による意思表示である旨主張する。

そして債権者が重度の聴覚障害者であることは前判示のとおりであり、また(証拠略)によれば、昭和五四年二月八日、債権者、債務者会社間で前記書面による臨時員契約を締結した際、正社員としてほしい旨要求する債権者に対し、債務者会社の人事課長補佐佐藤將(以下「佐藤」という。)が「署名、捺印しないのであれば、働く意思がないものとみなす。」旨述べていることが認められる。

しかしながら、(証拠略)によれば、債務者会社においては、昭和五三年半ば頃より労務管理の見なおしが唱えられるようになり、それまで契約、更新手続がルーズになされていた臨時員についても、一律に各契約期間毎に契約書をもって明確化し、その間の勤務評定も書面でするよう取扱いが改められたものであり、その結果、債権者と同じく、当初口頭による契約で入社し、昭和五三年以降契約書を交わすようになった臨時員は債権者の他にも七名存するのであって、右取扱いが一人債権者に対してのみなされたわけではないことが認められるうえ、そもそも、債権者自身臨時員として採用され、昭和五四年二月当時も臨時員としての処遇を受けていたことは前認定のとおりであり、弁論の全趣旨によっても、債務者会社としては、その地位を確認する意味で書面による契約を求めたにすぎず、民法の規定により臨時員について期間の定めのないものが現出するとは考えていなかったことが認められるのであり、右のような事情を総合勘案すれば、前記佐藤の発言が強迫に該当し、あるいはそれに影響されて締結された契約が公序良俗に反するものとは認めがたい。

また、債権者本人尋問の結果によれば、債権者自身右契約の意味内容自体は充分理解して署名捺印しており、内心的願望は別として、契約上の効果意思と表示された意思との間には不一致はなかったことが認められるから、心裡留保の主張も理由がない。

更に、昭和五五年一月八日、同五六年一月八日になされた各更新契約について、強迫、公序良俗違反、心裡留保を窺わせる疎明は全く在しない。

従って、申請の理由6の主張も理由がない。

六1  債権者、債務者会社間において、昭和四九年一月八日以降八年間に亘って期間一年の臨時員契約が継続してきたことは前認定のとおりである。

2  しかしながら、期間の定めのある労働契約を反復継続したからといって、そのことの故に、それが期間の定めのない雇傭契約に当然に転化するとは考えがたい。もっとも、当該期間の定めのある労働契約の締結、更新が、それにより解雇法理の適用を免れるため脱法的に利用されたと認められる場合には別異に解する余地がないではなく、また、当該労働契約が、いずれかから各別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったと解され、かつ、それが期間満了ごとに当然更新を重ねて、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存続していたといえるような場合には、使用者からのいわゆる雇止めの意思表示について解雇に関する法理を適用するのが相当と解される。

3  しかして、本件において、債権者、債務者会社の臨時員契約の締結、更新が右の意味での脱法的意図のもとになされたと認めるに足りる疎明はなく、また証人佐藤將の証言によれば、本件では、債務者会社において、臨時員契約を更新する意図のもと、債権者との最終の臨時員契約の契約期間(昭和五六年一月八日より昭和五七年一月七日)満了前から、次期すなわち昭和五七年一月八日以降の臨時員契約更新の申込を債権者に示唆したのにもかかわらず、債権者の方で正社員として扱うよう要求して右更新の申込をなさなかったものであって、債務者会社が更新を拒絶したわけでなかったことが認められ、そうである以上、本件においては、いわゆる雇止めにかかわる解雇法理の適用の問題は生じえないものといわざるをえない。

七  以上に検討したとおり、本件では、当初の雇傭契約においてのみならず、その後の契約関係推移の過程においても、債権者が期間の定めのない被用者たる地位を取得したとは認められず、また、臨時員たる地位も、昭和五七年一月七日をもって、契約期間満了により喪失したことになる。

八  従って、債権者の本件申請は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 稲葉耶季 裁判官 加藤美枝子)

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